
ワクチンは愛猫を治療法のない感染症から守るための、もっとも確実な手段のひとつです。ただし、種類が複数あり、接種スケジュールも年齢によって変わります。注射部位のわずかなリスクとも向き合う必要があり、整理しないと混乱しやすい話題です。この記事は、飼い主さんが本当に押さえておきたいポイントをまとめました。
なぜワクチンが必要なのでしょうか
猫はいくつかの重篤なウイルス・細菌感染症にかかる可能性があり、その一部には有効な治療法がありません。ワクチンは、実際に病原体と出会う前に、免疫システムにあらかじめその情報を覚えさせておく仕組みです。
ワクチンを打たないと:
- **猫汎白血球減少症(はんはっけっきゅうげんしょうしょう、猫パルボ)**は子猫では致死率が非常に高い病気です
- 狂犬病は発症するとほぼ 100% 致死で、人にも感染する人獣共通感染症です
- **猫白血病ウイルス(FeLV)**は数か月から数年かけて徐々に免疫を低下させ、リンパ腫との関連も報告されています
コアワクチンとノンコアワクチン
AAHA/AAFP と WSAVA のガイドラインでは、猫のワクチンを 2 種類に分類します。
コアワクチンは、生活環境にかかわらずすべての猫に推奨されます。
- 3種混合ワクチン(FVRCP:猫ウイルス性鼻気管炎、カリシウイルス、汎白血球減少症)
- 狂犬病
- 猫白血病ウイルス(FeLV):1 歳未満の子猫の場合はコアに含まれます
ノンコアワクチンは、生活リスクに応じて検討します。
- 1 歳以上の成猫の FeLV:外出する猫や多頭飼育の場合
- 猫クラミジア(Chlamydia felis)
- 気管支敗血症菌(きかんしはいけっしょうきん、Bordetella bronchiseptica):保護施設、キャッテリー、ペットホテルなどに入る猫が主な対象
FIV ワクチンと FIP ワクチンについて
米国・カナダで使われていた FIV ワクチン(Fel-O-Vax FIV)は 2015〜2017 年頃に市場から撤退し、北米では入手できなくなりました。日本、オーストラリア、ニュージーランドでは引き続き使用されています。FIP ワクチンも存在しますが、保護効果のエビデンスが十分でないため 2020 AAHA/AAFP ガイドラインおよび WSAVA 2024 ガイドラインのいずれも推奨していません。FIP 自体は近年、抗ウイルス薬 GS-441524 による治療成績が大きく改善しています。ただし、日本では GS-441524 は動物用医薬品として承認されておらず、使用は未承認薬・個人輸入対応の範囲で行われています。これによってワクチンの位置づけは変わりません。
各ワクチンで予防できる病気
3種混合ワクチン(FVRCP)
3 つの病気を一度にカバーする混合ワクチンです。
| 病気 | 主な症状・特徴 | 重要な理由 |
|---|---|---|
| 猫汎白血球減少症(FPV、猫パルボ) | 腸管や骨髄など、分裂の盛んな細胞が障害される | 感染力が強く、子猫では致死率が高い |
| 猫ヘルペスウイルス(FHV-1) | 上部呼吸器感染症の原因 | 一度感染すると体内に潜伏し、ストレスなどで再発することがある |
| 猫カリシウイルス(FCV) | 呼吸器・口腔の症状を起こす | 株が複数あり、慢性化することも |
日本のクリニックによっては、これに 1〜2 種を加えた 4種・5種・7種混合ワクチンとして提供される場合もあります。追加されるのはクラミジアや FeLV 関連の抗原です。
狂犬病ワクチン
狂犬病は中枢神経を侵す致死的なウイルスで、人にも感染します。日本の狂犬病予防法では、年 1 回のワクチン接種が義務付けられているのは犬のみで、猫は対象外です。日本国内に居住する飼い猫について、定期的な狂犬病ワクチン接種は通常行われていません。WSAVA のガイドラインでは狂犬病流行地域でのコアワクチンとして扱われており、海外渡航や再入国を予定する場合は、動物検疫所の条件に応じて個別に判断します。
猫白血病ウイルス(FeLV)
FeLV は長時間の濃厚接触で感染します。具体的には、毛づくろい・食器の共有・咬傷(こうしょう)などです。子猫は成猫よりも明らかに感染しやすいため、若齢猫では重視されるワクチンですが、接種は地域の流行状況や生活環境を踏まえて判断します。
接種前に必ず FeLV 検査を。 WSAVA 2024 のガイドラインでは、FeLV 陰性が確認できた猫にのみワクチンを接種すべきとされています。すでに陽性の猫にはワクチンを打っても意味がなく、検査自体は短時間で安価です。多くの動物病院で FeLV/FIV のセット検査が用意されています。
子猫の接種スケジュール
子猫は母乳を通して移行抗体(いこうこうたい)を受け取りますが、この抗体は数週間から数か月で消えていきます。しかも消える時期には個体差があります。そのため子猫のワクチンは、1 回ではなく数回に分けて接種します。(子猫をお迎えしてからの最初の 1 か月の全体像、社会化、最初の通院については 子猫を迎える最初の 1 か月 を参照してください。)
子猫の 6 週から 6 か月までのワクチン接種スケジュールの目安
| 月齢 | ワクチン |
|---|---|
| 6〜8 週 | 3種混合 1 回目 |
| 8 週齢以降 | FeLV 1 回目(必要に応じて) |
| 10〜12 週 | 3種混合 2 回目、FeLV 2 回目(必要に応じて) |
| 14〜16 週 | 3種混合 3 回目(狂犬病は日本国内では猫に法的義務なし。渡航・再入国要件がある場合のみ) |
| 26 週齢以降(生後 6 か月前後) | 3種混合 追加接種(WSAVA 2024) |
3種混合の最終接種は 16 週齢以降に行うことで、母由来の抗体が消えてから子猫自身の免疫がしっかり立ち上がります。保護施設や FPV の発生歴がある多頭環境などのハイリスク環境では、WSAVA 2024 は最終接種を 20 週齢まで延ばすことを推奨しています。26 週齢以降(生後 6 か月前後)の追加接種は、移行抗体が長く残って前の接種が十分に効かなかった子猫をカバーするためのものです。なお、日本では猫の狂犬病ワクチン接種は通常の定期接種には含まれず、渡航・再入国要件がある場合のみ動物検疫所の条件に応じて個別判断します。
成猫の追加接種スケジュール
子猫期のシリーズを完了した健康・低リスクの成猫には、定期的な追加接種が必要です。
| ワクチン | 追加接種の頻度 |
|---|---|
| 3種混合 | 3 年に 1 回(抗体価検査の結果次第ではさらに延長可) |
| 狂犬病 | 日本では猫の定期接種なし。渡航・再入国要件に応じて原則 1 年ごとを確認 |
| FeLV | 初回シリーズ完了 1 年後に追加、その後は高リスクなら毎年、低リスクなら 2〜3 年に 1 回 |
完全室内で他の猫と接触のない猫の場合、1 歳以降の FeLV 追加接種は不要なことが多いです。3種混合については、汎白血球減少症に対する免疫が 7 年以上保たれることが報告されており、抗体価検査(採血で抗体レベルを測る検査)で追加接種の必要性を判断する獣医師も増えています。お近くの動物病院で対応しているか聞いてみてください。
ワクチン歴が分からない成猫を引き取った場合
譲渡や保護で迎え入れた成猫の接種歴が分からない場合、WSAVA 2024 は次のように勧めています。
- 3種混合:弱毒生ワクチン(じゃくどくせいワクチン、MLV)を 2〜4 週間隔で 2 回接種。ヘルペスウイルスやカリシウイルスへの保護は 1 回では不十分なため。
- 狂犬病:海外渡航や移動を予定するかどうかで判断。獣医師に相談。
- FeLV:先に検査し、陰性かつリスクがあれば接種。
見た目が健康そうでも 2 回目を省かないでください。保護シェルター出身の猫はヘルペスウイルスを潜伏感染している例が少なくありません。
費用の目安
日本の動物病院は地域や規模によって料金差が大きいですが、2025〜2026 年の一般的な範囲です。
| 項目 | 目安 |
|---|---|
| 診察料 | ¥800〜2,000 |
| 3種混合 | ¥3,000〜5,000 |
| 5種混合 | ¥5,000〜7,500 |
| 狂犬病ワクチン(猫は任意・渡航時など) | ¥3,500〜5,500 |
| FeLV ワクチン | ¥3,500〜5,000 |
| FeLV/FIV 検査 | ¥3,000〜5,000 |
自治体や保護団体による低価格・無料のワクチンイベントが開催される地域もありますが、頻度や対象は地域差が大きいため事前に確認します。初回の健康診断を兼ねる場合は、通常の動物病院で受けるほうが安心です。
注射部位と FISS
アジュバントは、ワクチンの免疫反応を強めるための添加物です。代わりに、注射部位で炎症がより強く出やすくなるという代償があります。ごく一部の猫では、この慢性炎症がやがて異常な細胞増殖を引き起こし、**猫注射部位肉腫(ちゅうしゃぶいにくしゅ、FISS)**という悪性腫瘍に進展することがあります。発生はまれで、海外文献では 1/5,000 〜 1/12,500、日本の添付文書注意喚起では 1/1,000 〜 1/10,000 程度の幅で示されています。
1990 年代以前は、ワクチンは肩甲骨のあいだに打たれていました。この部位に腫瘍が見つかるケースが相次ぎ、問題が明確になります。背骨の真上にできた肉腫は、きれいに取り切ることがほぼ不可能だからです。そこで方針が変わり、現在はワクチンを四肢に、できるだけ末端寄りに打ちます。万が一腫瘍ができた場合でも、その肢の断脚で対処できる可能性があり、脊椎上の腫瘍と比べれば予後ははるかに良くなります。
どのワクチンをどこに打つか
AAFP は注射位置を標準化しました。万が一腫瘍ができたとき、どのワクチンが関わっていたかを追跡できるためです。
| ワクチン | 注射位置 |
|---|---|
| 狂犬病 | 右後肢の遠位部(膝より下) |
| FeLV | 左後肢の遠位部(膝より下) |
| 3種混合 | 右前肢の遠位部 |
現行の AAHA/AAFP および WSAVA ガイドラインは、肩甲骨間(首の付け根)への接種をはっきりと推奨していません。
獣医師が前回、肩甲骨間に打っていた場合 慌てなくて大丈夫です。FISS 自体の発生率はもともと低く、すでに行われた接種を変えることはできません。次回の通院で AAFP の注射部位の推奨について話題にしてみてください。数か月のあいだ、3-2-1 ルールでその部位を注意して観察します。何より大切なのは、愛猫が病気からきちんと守られていることです。
アジュバントを含まないワクチン(PureVax)
アジュバントが FISS の主な引き金になっていることから、アジュバントを含まないワクチンも開発されています。Boehringer Ingelheim の **PureVax(ピュアバックス)**は、アジュバントの代わりに遺伝子組換え技術を使って免疫反応を引き出します。米国では狂犬病用の 1 年型と 3 年型が販売されており、3 年型は初回接種から 1 年後に追加接種、その後 3 年ごとという仕様です。日本国内では ピュアバックス RCP や ピュアバックス RCP-FeLV といった製品ラインの採用状況が動物病院ごとに異なります。利用可否は受診先で直接確認するのが確実です。
PureVax は価格が高めですが、FISS リスクを気にする飼い主には検討する価値のある選択肢です。AAFP は、両方が利用できる場合はアジュバント不含のワクチンを優先することを推奨しています。ただしアジュバント含有のワクチンも、決められた四肢の位置にきちんと打つことで、有用性とリスクを踏まえた選択肢として用いられています。
経過観察のための 3-2-1 ルール
接種後に注射部位に小さなしこりができるのは普通のことで、2〜4 週間で消えていきます。ただし次のいずれかに当てはまる場合は受診してください。
- 接種後 3 か月経ってもしこりが残っている
- 大きさが 2 cm を超える
- 接種後 1 か月経ってもまだ大きくなっている
これが AAFP の「3-2-1 ルール」です。条件にひとつでも該当するしこりは、早めに切開生検(せいけん)を検討することが大切です。FISS は早期の広範囲な外科切除に最もよく反応するため、大きくなってからの対応はリスクが上がります。
接種後のケア
多くの猫はワクチン接種後も大きな問題なく経過します。出ることが多い軽い副反応は、ふつう 24〜48 時間以内に治まります。
- 一時的な元気のなさ
- 食欲の軽い低下
- 軽い発熱
- 注射部位の小さな一時的な腫れ(上の 3-2-1 ルールで観察)
接種後 30 分は院内またはすぐ戻れる場所で観察
I 型過敏反応(急性アレルギー反応)は通常、接種後の数分から数時間以内に起こり、特に最初の 30〜60 分が要注意です。次のような症状が現れたら要注意です。
- 嘔吐や下痢
- 顔面・まぶたの腫れ
- 蕁麻疹(じんましん、特に口元周辺)
- 呼吸困難、ぜいぜいする音
- 倒れる、力が抜ける
これはすぐ受診すべき緊急事態です。 顔が腫れる、繰り返し吐く、呼吸が苦しそう、ぐったりしている場合は様子を見ず、接種してくれた動物病院に電話して救急対応の準備を依頼してください。
過去にワクチン副反応歴がある場合は、接種前に必ず動物病院に伝えてください。獣医師の判断で、接種後しばらく院内観察してもらう、抗ヒスタミン薬の前投与を検討するなど、対応を個別化できます。
シニア猫:いつ接種をやめるか
猫のワクチンには絶対的な年齢の上限はありません。健康なシニア猫の多くは通常スケジュールを続けます。ただし、11 歳以上で完全室内・他猫との接触なし・子猫期と成猫期のシリーズが完了している猫が、慢性疾患(慢性腎臓病、甲状腺機能亢進症(こうじょうせんきのうこうしんしょう)など)を抱えている場合は、抗体価検査を獣医師に相談する選択肢があります。FPV 抗体が十分にあれば、追加接種をスキップできる場合があります。狂犬病については、渡航の予定や個別判断によって獣医師と相談してください。
Furwise がサポートできること
複数の猫がいて接種スケジュールがバラバラになると、管理は一気に煩雑になります。Furwise ではワクチンリマインダー機能を準備中で、それぞれの愛猫の接種履歴を記録し、追加接種が近づくと通知が来るようにできます。動物病院でもらった書類もまとめて保存できます。
よくある質問
完全室内の猫もワクチンは必要ですか? はい。コアワクチン(3種混合)は完全室内の猫にも推奨されます。汎白血球減少症(パルボ)ウイルスは環境中で長く生存し、靴底や衣類を介して家の中に持ち込まれます。狂犬病ワクチンは日本では犬のみが義務付けられており猫は任意ですが、WSAVA は猫にも推奨しています。
成猫の追加接種はどのくらいの間隔で必要ですか? 子猫期のシリーズを終えたあと、3種混合は通常 3 年ごと(抗体価検査の結果ではさらに延長されることもあります)。狂犬病は、製品や接種を選ぶ理由(海外渡航など)に応じて 1〜3 年ごと。FeLV はリスクがある猫のみ 2〜3 年ごとです。
日本で猫のワクチン接種にかかる費用はどのくらいですか? 動物病院によって差がありますが、診察料が ¥500〜1,500、3種混合が ¥3,000〜5,000、5種混合が ¥5,000〜7,500、FeLV ワクチンが ¥3,500〜5,000、FeLV/FIV 検査が ¥3,000〜5,000 が一般的な目安です。地域の動物愛護センターによる低価格のワクチンイベントが開かれることもあります。
追加接種を忘れたらどうなりますか? 数週間〜数か月の遅れであれば、ほとんどの場合やり直しは不要です。長期間あいた場合の対応は、使用したワクチンの種類や最終接種時期によって変わります。すでに基礎免疫が成立している成猫であれば、必ずしも 2 回打ち直しが必要とは限りません。獣医師に過去の接種歴を相談して判断してください。狂犬病は猫では法的義務がないため、渡航予定など個別の事情に応じて確認します。
前回のワクチン接種で反応が出ました。今回も打てますか? 多くの場合打てますが、対応を変えます。前回の反応について必ず動物病院に伝えてください。獣医師は抗ヒスタミン薬の予防投与、混合ワクチンを分割して別日に接種、アジュバント不含製品への切替、接種後 30〜60 分の院内観察といった対応を取ることがあります。反応が強かった場合は、必要性の低いワクチンを省く判断もあります。
FIV ワクチンはまだ販売されていますか? 米国・カナダでは販売されていません。Fel-O-Vax FIV は 2015〜2017 年頃に市場撤退しました。日本、オーストラリア、ニュージーランドでは引き続き入手できます。北米では現在、ワクチン接種よりも FIV 検査と、陽性猫を陰性猫と争わせない管理が中心の方針です。
アジュバントを含むワクチンと含まないワクチンの違いは? アジュバントは免疫反応を強めるための添加物です。効果は高いものの、注射部位での炎症が強くなりやすく、これが FISS のおもなリスク因子です。アジュバント不含のワクチン(PureVax など)は遺伝子組換え技術を使い、炎症リスクは小さくなります(ゼロではありません)。代わりに価格が高めです。
参考文献
- Stone AE, Brummet GO, Carozza EM, Kass PH, Petersen EP, Sykes J, Westman ME. (2020). 2020 AAHA/AAFP Feline Vaccination Guidelines. Journal of Feline Medicine and Surgery, 22(9), 813–830.
- WSAVA Vaccination Guidelines Group. (2024). Guidelines for the Vaccination of Dogs and Cats. World Small Animal Veterinary Association.
- Hartmann K, Möstl K, Lloret A, Thiry E, Addie DD, et al. (2015). Vaccination of immunocompromised cats. Journal of Feline Medicine and Surgery, 17(7), 581–600.
- Hartmann K. (2012). Clinical aspects of feline retroviruses: a review. Viruses, 4(11), 2684–2710.
- American Association of Feline Practitioners. (2020). AAHA/AAFP Feline Vaccination Guidelines. catvets.com.
- Cornell Feline Health Center. (2023). Feline Vaccines: Benefits and Risks. Cornell University.