
猫は痛みを隠すのがとても上手な動物です。野生では弱みを見せることが捕食者を呼び寄せる原因にもなるため、不調を悟られないように進化してきました。飼い主さんにとってはこれが悩ましいところで、愛猫がはっきり不調を見せる頃には、状態がすでにかなり進んでいることも少なくありません。今は痛みを早めに見つけるための、信頼できるツールがあります。あわせて、行動を起こす前に必ず知っておきたい安全のルールも紹介します。
猫が痛みを隠す理由
猫の祖先は単独で狩りをする捕食者であると同時に、より大きな動物にとっての獲物でもありました。そうした環境では、弱みを見せること自体が「自分は襲いやすい相手です」と知らせることになります。家の中で安全に暮らす現代の猫にも、この本能は色濃く残っています。
ですから、痛いときに犬のように吠えたり鳴き続けたりすることはほとんどありません。軽度から中程度の痛みでは、はっきりした行動変化が出ないことのほうが多いのです。明らかに隠れる、食べない、水を飲まない、というところまでいくと、すでに早急なケアが必要な段階かもしれません。だからこそ、ささやかなサインに気づく目が大切になります。
見分けるべき痛みには、性質の違う 2つのタイプがあります。
- 急性痛:けがや手術、急な体調不良などで突然起こる痛みです。この記事のあとに紹介する**猫の表情スケール(Feline Grimace Scale:FGS)**は、この急性痛のために検証されたツールです。
- 慢性痛:数か月から数年かけて少しずつ蓄積する痛みで、シニア猫では関節炎が代表的です。FGS は慢性痛のために設計されたものではないため、別の角度からの観察が必要になります。
この記事では、両方をしっかり押さえていきます。
人用の鎮痛薬は絶対に与えないでください
アセトアミノフェン(カロナール、タイレノールなど)は、猫にとって命に関わる薬です。猫は人と同じように代謝できないため、ごく一般的な1錠でも、命を脅かす貧血や肝不全を引き起こすことがあります。イブプロフェン(市販薬の「イブ」など)、ロキソプロフェン(ロキソニン)、ナプロキセン(ナイキサン)も、少量で急性腎不全や胃出血を起こします。アスピリンは猫専用に厳密な投薬量計算が必要で、家庭で使うべき薬ではありません。痛がっているように見えたら、動物病院に連絡してください。家の薬箱を開けてはいけません。もしすでに口にしてしまった場合は、見た目が元気でも、すぐに動物病院や中毒相談窓口に連絡しましょう。
猫の表情スケール(FGS):急性痛を見るためのツール
2019年、カナダのモントリオール大学の研究チームが、表情から猫の急性痛を評価する**猫の表情スケール(Feline Grimace Scale:FGS)**を発表しました。臨床研究で検証されており、飼い主さんでも医療の知識なしに使えるように作られています。スケールは耳、目(目の周りの締まり方)、口元の緊張、ひげの位置、頭の位置の 5つの特徴を 0〜2点で評価し、合計 10点満点で判定します。合計 4点以上であれば、痛みがある可能性が高く、動物病院での診察をおすすめします。
下のツールで愛猫を評価してみましょう。観察した様子に合わせて、それぞれの特徴に 0〜2点をつけてください。
痛み評価ツール
愛猫の現在の表情に基づいて、各項目のスコアを選択してください
合計4点以上であれば、急性痛がある可能性が高いと考え、動物病院の受診をおすすめします。点数が高いほど痛みがある可能性は高まりますが、点数の大きさがそのまま痛みの強さを表すわけではありません。
正しく評価するコツ
評価は、愛猫が起きていて、静かにくつろいでいるタイミングを選びましょう。起きた直後、食事のあと、毛づくろい中、鳴いている最中、遊んでいる最中は避けます。1つの特徴だけにこだわらず、全体の印象で判断するのがコツです。普段の表情、つまり「いつものこの子の顔」を知っておくことも大事で、もとから少し目を細めている子は、それがその子の標準であり、痛みとは限りません。
ありがちな見間違いは、眠そうな細い目を「痛みでの目細め」と取ってしまうこと、そして一度ちらっと見ただけで判断してしまうことです。少し時間をあけて複数回チェックしてみましょう。迷うときは、明るくクリアな写真を撮っておいて、あとから見比べるのもおすすめです。
FGS を当てはめないほうがよい場面
FGS は、起きていて意識がはっきりした自然な急性痛を想定して検証されたツールです。次のような場面では、評価が信頼しにくくなります。
- 眠っている猫:寝ているときの目閉じは「痛みの目細め」とは別物です。起きて落ち着いてから評価しましょう。
- 強く鎮静されている、または麻酔から覚めたばかりの猫:鎮静自体が表情の筋緊張を変えてしまい、痛みとは無関係に表情が変わります。
- エリザベスカラー(術後カラー)を装着している猫:頭の位置が変わり、顔の一部も隠れるため、評価が難しくなります。
- 短頭種(ペルシャ、エキゾチックショートヘア、ブリティッシュショートヘアなど):もともと口元や耳の位置が、FGS のもとになった検証対象の猫とは異なります。最近の研究でも、写真ベースの評価では短頭種で痛みを高めに見積もる可能性が指摘されています。FGS は参考にできますが、公開されている参照写真ではなく、その子自身のいつもの表情と比べるようにしましょう。
- スフィンクスやデヴォンレックスなど、ひげが極端に少ない・カールしている品種:ひげの項目の評価が難しくなります。残り 4つの特徴をしっかり見て、総合的に判断してください。
- 認知機能の低下があるシニア猫:高齢に伴う認知の変化が、表情そのものに影響していることがあります。
これらの場面では、次のセクションで紹介する行動のサインと、動物病院での診察に重きを置くようにしましょう。
行動から見える痛みのサイン
表情は最も検証されたサインですが、行動も表情と並ぶ大切な手がかりです。表情からは読みにくい子でも、行動の変化なら気づけることがあります。
動きと活動量:ジャンプの回数や高さが減る、跳ぶ前にためらう(「行けるかどうか」を測ってから跳ぶ)、歩き方が変わる、片足を上げる、立ち上がる動作がぎこちない、横になっている時間が増える。これまでキッチンカウンターまで一気に飛び乗っていた子が、まずは椅子を経由してから上がるようになったら、それは見逃せないサインです。
毎日のルーティン:食欲が落ちる、飲水量の変化、トイレの行動の変化、毛づくろいが減るまたは特定の場所だけ過剰になる、いつもきれいに保たれていた部分の被毛が乱れる。
関わり方と性格:隠れている時間が長くなる、人との関わりが減る、家族の集まりに加わらなくなる、特に特定の場所を触ると新しく攻撃的になる、触れられるとびくっとする、これまでの抱き上げ方を嫌がるようになる。
鳴き声:痛いときの猫は、むしろ静かになる子が多いです。鳴き声は痛みの判定材料としては当てになりません。鳴かないからといって痛みがないとは言えません。逆に、ふだん静かな子が突然鳴くようになった、特に夜中に長く鳴くようになった場合は、動物病院での確認をおすすめします。
姿勢や行動を読む観察には、結局のところ気持ちのサインを読むときと同じ観察力が役に立ちます。違うのは、絶対的な基準ではなく「この子にとって、いつもと違うか」を物差しにする点だけです。
シニア猫の慢性痛:見落とされがちな静かな問題
愛猫が 7歳前後を過ぎたあたりから、急性痛よりも慢性痛のほうが頻度の高い問題になってきます。そして、診断がついていないケースが非常に多いのが現状です。
シニア猫のレントゲン検査では、変形性関節症の所見が多くの猫で見つかります。よく引用される数字として、12歳以上の猫のおよそ 9割にレントゲン上の変形性関節症の所見が見られたという報告があり、近年の調査では 6歳以上の猫の約 6割に骨関節炎(こつかんせつしょう)が確認されたとも報告されています。そのうちのほとんどが、まだ診断されていない猫たちです。飼い主さんは「年だから動きがゆっくりになっただけ」と感じていることが多いのですが、実は関節炎の痛みであることが少なくありません。
ここで多くの飼い主さんが見落としがちなポイントがあります。両側性の関節炎では、はっきりした跛行(びっこ)が出にくいのです。 跛行は、痛い足をかばうために健康な足に重心を移すから出るものです。両側の股関節、両側の肘、両側の膝が痛む場合は、かばうための「もう片方」がないため、跛行ではなく**「全体的に動きが減る」**という形で表れます。ジャンプが減り、登らなくなり、毛づくろいが減り、遊びが減ります。歳のせいに見えてしまうので、見逃されやすいのです。
跛行の代わりに見てほしいサインは以下のとおりです。
- 家具に飛び乗る前にためらう、または一段挟んで 2段階で上る
- 階段を避ける、1段ずつゆっくり上り下りする
- 毛づくろいが減る、特に背中・尾の付け根・後ろ足(関節がこわばっていると最も届きにくい場所)。被毛が脂っぽくなったり、もつれたりする
- 家の中をあちこち移動せず、ひとつの定位置で寝ている時間が増える
- 抱き上げを嫌がる、後ろ半身を触られるのを避ける
- これまでトイレをきちんと使えていた子が、外でしてしまうようになる(縁の高いトイレに上がるのが痛いため)
- 性格の細かな変化:人との関わりが減る、遊ばなくなる、触られると不機嫌になる
- 立っているときに少し背中を丸める、座っているときに特定の足から重心を外している
ご家庭で使えるツールとして、**FMPI(Feline Musculoskeletal Pain Index:猫の運動器疼痛指数)**という、飼い主さん向けに作られた質問票があります。これは診断そのものではありませんが、記入した FMPI を動物病院に持参すると、獣医師が動きにくさや活動量の変化を具体的に把握しやすくなります。動物病院では、整形外科的な触診や、必要に応じてレントゲン検査も行われます。
シニア猫を飼っていて、これまで関節炎の可能性について獣医師と相談したことがない方は、ぜひ次の機会に切り出してみてください。ここ数年で、猫の関節炎ケアの選択肢は大きく進歩しています。
動物病院で処方される選択肢(なぜ獣医師でなければならないか)
猫の痛みに効果のある薬や生物学的製剤は実際に存在しますが、どれも獣医師の処方が前提で、猫専用に投薬量が決められ、必要に応じて血液検査と合わせて使われます。ここで紹介するのは、「人用の薬を試そうとせず、猫に本当に使える鎮痛の選択肢は動物病院にあります」と知っておいてもらうためです。
急性痛(手術後、けが、歯科処置のあとなど)には、オピオイド系のブプレノルフィン、術後の急性痛に承認されているオンシオール(一般名:ロベナコキシブ)、そしてガバペンチンがよく使われます。ガバペンチンは痛みだけでなく、痛みを増幅させる不安や緊張のコントロールにも役立ちます。**メロキシカム(メタカム)**は短期の急性痛に用いられることもありますが、犬と比べて猫では腎臓への影響への配慮がより厳しく求められます。
慢性の関節炎痛では、ここ数年の最大の変化が**ソレンシア(一般名:フルネベトマブ)**です。獣医師が月に 1回投与する皮下注射タイプの抗体製剤で、関節炎の痛みに関わる神経成長因子(NGF)の経路に作用します。猫の骨関節炎の痛み専用に承認された初めての抗体製剤で、日本でも 2022年に承認されました。多くのシニア猫にとって、生活の質を大きく変える選択肢になっています。ガバペンチンも、慢性痛や受診時のストレス緩和に広く使われます。
グルコサミンやオメガ3脂肪酸といったサプリメントも、長期的な管理計画の中で役立つ場面があります。ただし作用がゆっくりなため、いま痛みを抱えている子に対しては、鎮痛薬の代わりにはなりません。
猫の痛みには、ちゃんと使える選択肢があります。ただし、それは動物病院でしか手に入りません。
動物病院を受診すべきタイミング
次のいずれかが見られたら、動物病院での受診を考えましょう。
- 猫の表情スケール(FGS)で 4点以上
- 痛みのサインが 24時間以上続いている
- 同時に他の症状が出ている(特に食べない、飲まない、嘔吐、下痢など)
- 跛行、こわばり、動こうとしない
- 特定の場所に触れたときに強い反応がある
- シニア猫で、ジャンプ・毛づくろい・活動量が少しずつ落ちてきている
- 人用の薬を口にした疑いがある場合(量が少なくても必ず)
猫はそもそも痛みを隠すようにできています。だからこそ、飼い主さんは「猫が隠せる以上に丁寧に観察する」ことが役目になります。なにかおかしいと感じたら FGS で評価してみる、行動の変化を時間軸で追ってみる。サインが痛みを示しているなら、様子見や自己判断のケアで時間を稼ごうとせず、動物病院に頼りましょう。
Furwise でできること
慢性痛は、「ある瞬間」ではなく「数週間の変化のかたまり」として浮かび上がります。一つひとつの変化は小さくて見過ごしやすく、後から並べてみてはじめて意味が見えてきます。Furwise では、動きやすさ、毛づくろい、食欲、行動を週ごとに記録できるので、関節炎などで少しずつ落ちていく曲線を、見えにくいまま終わらせずに済みます。猫の表情スケール(FGS)の評価も、同じ時間軸の上で保存できます。
よくある質問
猫が痛がっているか、どうすればわかりますか? 表情のサイン(目を細める、耳が外側に開いて回転する、ひげが緊張する、口元が固くなる、頭が下がる)と、行動のサイン(隠れる、食べない、ジャンプが減る、毛づくろいが減る、触られるとびくっとする)を合わせて見ます。猫の表情スケール(FGS)は 5つの特徴を 0〜2点で評価し、合計 4点以上で痛みの可能性が高いと判断します。シニア猫では、はっきりした跛行よりも「活動量がだんだん落ちている」というサインに注目しましょう。両側性の関節炎では、跛行が出にくいためです。
猫にカロナール、タイレノール、イブ、ロキソニン、アスピリンなど、人用の鎮痛薬を与えてもいいですか? 絶対に与えないでください。アセトアミノフェン(カロナール、タイレノール)は、猫が代謝に必要な酵素を持っていないため、1錠でも命に関わります。イブプロフェン(イブなど)やナプロキセンは少量でも急性腎不全や胃出血を起こします。アスピリンは猫専用に非常に狭い投薬量計算が必要で、家庭で使うべきではありません。愛猫が痛がっているときは、動物病院に連絡して、猫専用の安全な選択肢を相談してください。
猫が関節炎になっているかどうかは、どうやって見分ければいいですか? 急に出る跛行ではなく、じわじわとした生活の変化に目を向けます。ジャンプの回数や高さが減る、跳ぶ前のためらい、階段を避ける、毛づくろい(特に背中や尾の付け根)が減る、被毛が脂っぽくなる・もつれる、同じ場所で長く寝ている、触られると不機嫌になる、トイレの失敗が増える。これらが典型的な姿です。両側性の関節炎では跛行が出にくく、全体的にゆっくりになる形で表れます。愛猫が 7歳前後を過ぎているなら、次の通院時にぜひ獣医師と相談してみてください。
動物病院では、猫にどのような鎮痛薬を処方してもらえますか? 急性痛では、オピオイド系のブプレノルフィン、猫用の非ステロイド性抗炎症薬オンシオール(ロベナコキシブ)、ガバペンチンがよく使われます。メロキシカム(メタカム)も短期使用で選択されることがあります。慢性の関節炎痛では、月 1回の皮下注射であるソレンシア(フルネベトマブ)が、日本でも 2022年から使えるようになった有力な選択肢です。ガバペンチンは慢性痛や受診ストレスの緩和にも使われます。いずれも獣医師の診察、必要に応じた血液検査、猫専用の投薬量設定が前提となります。
痛みがある猫は、必ず跛行しますか? そうとは限りません。1本の足だけが痛い猫は、残りの 3本でかばうために跛行が見えやすくなります。両側の股関節や両側の膝に関節炎がある場合は、かばうべき「健康な側」がないため、跛行ではなくジャンプが減る、登らなくなる、全体的に動きがゆっくりになる、届きにくい部分を毛づくろいしなくなるという形で表れます。歳のせいに見えてしまうため、飼い主さんが見逃しがちなパターンです。
体調が悪いのに、なぜゴロゴロと喉を鳴らすのですか? ゴロゴロは「うれしい」の信号としては当てになりません。猫は怖いとき、痛いとき、病気のとき、最期の時間にもゴロゴロを鳴らすことがあります。現時点でもっとも有力な説は、ゴロゴロは猫自身を落ち着かせる役割があり、生理的にも体の助けになっている可能性がある、というものです(その周波数が組織修復に関わる範囲と重なるという指摘もあります)。大事なのは、ゴロゴロを鳴らしていても、同時に隠れていたり、食べなかったり、FGS で高得点だったりすれば、それは「痛みを抱えている猫」だということです。
猫の表情スケール(FGS)とは何ですか?使わないほうがよい場面はありますか? FGS は 2019年に発表された、猫の急性痛を表情から評価するための検証済みのツールで、5つの顔のパーツを採点します。眠っている猫、強く鎮静されている猫、エリザベスカラーをしている猫には適していません。短頭種(ペルシャ、エキゾチックショートヘアなど)やひげの少ない品種(スフィンクス、デヴォンレックス)では慎重に使ってください。FGS は慢性の関節炎の痛みのために設計されたツールではないため、慢性痛の場合は時間軸での行動観察や FMPI 質問票を活用しましょう。
猫は痛みで涙を流しますか? 人と同じような「感情の涙」を、痛みで流すことはありません。猫の目やにや涙の増加は、目そのものの刺激や感染、上部気道の問題を示していることが多く、体の別の場所の痛みとは直接結びつかないのが一般的です。一部の猫は急性の強い痛みで鳴く(うなる、シャー、低い唸り声)こともありますが、まったく声を出さない子もたくさんいます。表情と行動のほうが、涙や鳴き声よりも信頼できるサインです。
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