
愛猫のおしりをポンポンと叩くと、腰を高く持ち上げてゴロゴロ鳴きながら押し返してくる。ところが友人の猫に同じことをすると、振り向いてガブリと噛まれる。いったい何が起きているのでしょうか。「猫ってそういうもの」では片付けられない、もう少し複雑な理由があります。
尾の付け根で何が起きているのか
尾と脊椎が交わる部分は、神経が密集するポイントです。脊髄は尾に入る手前で終わり、そこから「馬尾(ばび)」と呼ばれる神経の束が広がって、尾、後肢、膀胱(ぼうこう)をコントロールしています。狭い範囲にたくさんの神経回路が詰まっているのです。
この部位は、猫の知覚過敏症候群(ちかくかびんしょうこうぐん、feline hyperesthesia syndrome)でも影響を受ける場所です。背中から尾の付け根にかけての触覚が極端に敏感になる疾患で、同じ場所が「とても気持ちいい」にも「とても不快」にもなり得るということは、それだけ神経学的に複雑な場所であることを示しています。
尾の付け根の上側には、尾上腺(びじょうせん、supracaudal gland)という臭腺もあります。フェロモンを含んだ油脂を分泌しており、愛猫が尾を立ててすり寄ってくるときは、この腺からにおいをつけています。おしりを叩くとこの腺が刺激され、社会的な満足感を覚えるのかもしれません。
「エレベーターおしり」の正体
前半身を低くして後ろを高く持ち上げるあのポーズは、脊椎前凸反射(せきついぜんとつはんしゃ、lordosis)と呼ばれる脊髄反射です。腰仙部(ようせんぶ)に圧力が加わると、前肢が下がり、臀部(でんぶ)が上がり、尾が横に反れるという運動反応が起こります。
未避妊の雌猫では、この反射はエストロゲンによって促進される交配行動の一部です。ただし、避妊・去勢済みの猫でも反射弧の神経回路はそのまま残っています。手術で取り除かれるのは生殖器官であって、神経の配線ではありません。ちょうどよいリズムと力加減で叩くと、この反射につながる感覚神経が刺激され、猫にとっては心地よく感じられるようです。
ただし、すべての猫がこの反応を示すわけではありません。反射の出やすさには個体差があり、性格も大きく影響します。
実は「好きではない猫」のほうが多い?
Ellisらが2015年に発表した研究では、34頭の猫に対して体の各部位を撫でたときの反応を調べました。尾の付け根は最も否定的な反応が多かった部位で、目と耳の間が最も肯定的な反応を得た部位でした。
さらに以前のSoennichsen & Chamove(2002)の研究でも同様のパターンが確認されています。猫は頭や顔を触られることを好み、尾の付近では不快な反応が増えました。
では、研究で「好きではない」という結果が出ているのに、うちの猫が喜ぶように見えるのはなぜでしょうか。
いくつかの可能性が考えられます。これらの研究では、ゆっくりとした撫でる動作を使っていて、リズミカルに叩く動作とは刺激の種類が異なります。背中をゆっくり撫でるのと、尾の付け根をポンポンと叩くのでは、感じ方が違う可能性があります。
また、研究では見知らぬ人が触っていました。信頼している飼い主さんに触られる場合は、許容範囲がずっと広くなります。そして個体差が非常に大きいという点も見逃せません。本当に気持ちよく感じている猫もいれば、少しだけ我慢してすぐ限界に達する猫も、最初から嫌がる猫もいます。
愛猫が本当に喜んでいるかの見分け方
ボディランゲージを観察しましょう。おしりポンポンを楽しんでいる猫は、腰を持ち上げて手に押し返してきます。ゴロゴロ鳴いたり、ふみふみをしたりもします。やめた後に自分から戻ってきたり、耳が前を向いてリラックスしていたりする様子が見られます。
一方、もう十分(あるいは最初から嫌だった)という猫は、耳を倒したり尾を激しく振ったりします。振り向いて噛もうとする、歩いて離れる、体を低くする、瞳孔が急に開くといった反応が見られたら、すぐにやめましょう。
「楽しんでいる」から「過剰刺激」への切り替わりはとても速いことがあります。判断に迷ったら、猫のボディランゲージについて詳しく知っておくと役立ちます。
正しい叩き方のコツ
普通の力加減でポンポンする程度で猫を傷つけることはありませんが、やり方にはコツがあります。
手のひら全体でおしりの肉付きのよい部分を叩き、脊椎の真上は避けてください。力加減は軽めから中程度にしましょう。パチンと大きな音がするなら強すぎです。リズムは一定のほうが効果的です。指先で机をトントンと叩くようなイメージで、バシバシ叩くのではなくやさしいリズムで叩きましょう。
まず数回叩いてから手を止めてみてください。愛猫が腰を押し返してきたり催促してきたりするなら、もっとしてほしいというサインです。離れていったなら、それ以上は追わないようにしましょう。
シニアの猫には特に注意が必要です。腰仙部の関節炎は高齢猫に多く、以前は気持ちよかった力加減でも今は痛みにつながることがあります。食事中、睡眠中、緊張しているときも避けましょう。叩き方だけでなく、タイミングにも気を配りましょう。
おしりへの反応が変わったら要注意
愛猫が突然、尾の付近を触られたときの反応が変わった場合は注意してください。
以前は喜んでいたのに、ひるんだり攻撃的になったりする場合は、腰仙部の関節炎による痛みかもしれません。特に高齢の猫に多く見られます。尾の付け根をしきりに舐めている場合は、ノミアレルギー性皮膚炎(のみあれるぎーせいひふえん)の可能性があります。症状がこの部位に集中するのが特徴です。触った後に背中の皮膚が波打つように動く場合は、知覚過敏症候群の兆候かもしれません。
普段おしりポンポンが大好きだった猫が急に触らせなくなったら、体の不調を知らせるサインかもしれません。動物病院で診てもらうことをおすすめします。
よくある質問
おしりを叩くと猫が腰を上げるのはなぜですか? 脊椎前凸反射(lordosis)と呼ばれる脊髄反射です。尾の付け根に圧力が加わると、臀部を持ち上げる運動反応が起こります。避妊・去勢済みの猫でも神経回路はそのまま残っており、交配行動とは切り離されて反射だけが残っています。反射の出やすさには個体差があります。
猫のおしりを叩くのは体に悪いですか? 愛猫が楽しんでいるなら問題ありません。耳が前を向いている、ゴロゴロ鳴いている、自分から押し返してくるといった反応は喜んでいるサインです。耳を倒す、尾を激しく振る、振り向いて噛もうとするなら、すぐにやめましょう。猫によって好みは異なります。
おしりを叩いていたら噛まれたのはなぜですか? 触覚の過剰刺激が原因です。尾の付け根は神経が非常に密集しており、最初は心地よかった刺激がすぐに「多すぎる」に変わることがあります。噛むのは攻撃ではなく、「もう十分」という愛猫からのコミュニケーションです。
参考文献
- Ellis, S. L. H., et al. (2015). The influence of body region, handler familiarity and order of region handled on the domestic cat’s response to being stroked. Applied Animal Behaviour Science, 173, 60-67. ScienceDirect
- Soennichsen, S., & Chamove, A. S. (2002). Responses of cats to petting by humans. Anthrozoös, 15(3), 258-265.
- Amengual Batle, P., et al. (2019). Feline hyperaesthesia syndrome with self-trauma to the tail. Journal of Feline Medicine and Surgery, 21(2), 178-185. PubMed
- Pageat, P., & Gaultier, E. (2003). Current research in canine and feline pheromones. Veterinary Clinics of North America: Small Animal Practice, 33(2), 187-211.